『自助論』—天は自ら助くる者を助く—
1.サミュエル・スマイルズとは?
サミュエル・スマイルズはイギリスの作家、医者です。サミュエル・スマイルズが書いた『Seif-Help』は一般に『自助論』として知られており、明治期においては中村正直が『西国立志編』として訳し、福沢諭吉の『学問のすすめ』に並び、日本の精神的な支柱になりました。実際にこの本は明治時代終わり頃までに100万部を売り上げました。
(ちなみに『学問のすすめ』の売り上げは340万部です。)
中村正直は幕末留学生の監督役としてイギリスに行った方であり、「なぜイギリスが発展したのか」というのを学ぼうとします。しかし、今一つ理解しきれなかったまま帰ろうとした時に、帰り際に友人に「この本を読むと良い」と渡されたのが自助論でした。イギリスから日本へ帰ってくる何ヵ月もの間、中村正直はこの『自助論』を何回も読み込み、イギリスが発展した理由を悟ります。
こうした中村正直のエピソードからスマイルズの『自助論』の思想の高みが分かります。「天は自ら助くる者を助く」という有名な言葉が有りますが、実はこの言葉は自助論の序文に書かれているものであり、こうした精神は日本に強い影響力を与えました。
『自助論』の内容としてはそのタイトルの通り、「家庭環境や学歴が悪かったり、貧乏であったりしても、本人の努力次第で道が拓ける」というような考え方です。
スマイルズは300人以上の欧米人の成功談を『自助論』に収めました。その中には私たちが知っている人はいるものの、その大半は知らない人ばかりです。しかしだからこそ、何か特別に才能が無い人であっても成功を収める事が出来るという点が分かります。
本書の『自助論』は東大名誉教授の竹内均さんが訳されたものであり、300人以上の体験談から時代にそぐわないものなどは削られて読みやすいように作られているものです。
2.スマイルズの思想
『自助論』に書かれてある内容としてはそれぞれの成功談なのですが、スマイルズはそれぞれの話の特徴や見習うべき点を整理した順序で紹介します。
自助の精神としてスマイルズはどういった点において努力すれば良いのかを言います。それは9点あり、忍耐、チャンス、仕事、意志と活力、時間、金、自己修養、出会い、信頼です。
忍耐……スマイルズはイタリアのことわざ「ゆっくり歩む者の方が息長く遠いところにまで進んでいける」を引用して、努力が実を結ぶには忍耐が不可欠だと考えました。
さらにカーライルが書き上げた『フランス革命史』の第一巻の原稿を下女が間違って焼いてしまったにも関わらず、一から書き直したエピソードを紹介して、忍耐と固い決意の大切を語ります。
チャンス……スマイルズは観察の大切さも挙げます。というのもスマイルズはチャンスはいつでも手に届く範囲に有るものの、人がそれを気付いていないだけと考えるからです。スマイルズはニュートンの例を出し、ニュートンが万有引力を閃いたのは、長年の思考と研究、努力があったからでるとし、普通の人が見たらただリンゴが落ちただけの現象に意味を見出した事を賞賛します。
仕事……スマイルズは同じく才能が有ったにも「ただの人」と「頭角を露わす人」の違いは何かについて、持続的な努力であると断定します。すぐに才能を現してしまって、ちやほやされた結果、名声が長続きしなかった絵描きを紹介して、仕事を粘り強く一歩一歩進める事の大切さを説きます。
意志と活力……「意志のあるところ、道は開ける」としてナポレオンやザビエルの例を挙げ、使命感に燃えて生きる事の素晴らしさを語ります。
「数多の困難と忍耐強く闘って勝利を得た者や、足から血を流し体の自由がきかなくなっても勇気という杖をついて歩き続けたりする者を見るほど、われわれが励まされる美しい光景はない。」
として成功に必要なのは才能ではなく、努力と決意であるとします。
時間……今日為すべきことを明日に伸ばすな、とスマイルズは時間が財産であるとして、一日のうち、一時間と言わず、十五分だけでもいいから自分の向上に使ってみよと言います。また、「最短の近道はたいていの場合、いちばん悪い道だ。だから最善の道を通りたければ、多少なりとも回り道をしなくてならない」というベーコンの言葉を引用して、焦りやまぐれの成功を戒めます。
金……人間のすぐれた資質のいくつかは、正しいお金の使い方と密接な関係を持っているとして、金儲けや貯蓄、支出の管理、金銭の貸し借りなどの在り方を見れば、その人の人格の完成度が分かりますと言います。また、職業に貴賤は無いとして、どんな職業でも一生懸命に働くことの尊さを語りました。
自己修養……詩人バークの言葉にはこんな言葉が有ります。
「困難と闘いながら、人間は勇気を高め、才能を磨き上げていく。われわれの敵は、実はわれわれの味方なのだ」
スマイルズは一見、困難や苦悩に見える事も、しかし人格の完成、自己修養には不可欠なものとして肯定します。
その考え方は火をくぐり、水をくぐって、鎚撃たれる事で刀剣が出来上がるのを連想させます。
出会い……スマイルズは誰と付き合い、誰を師にするか、そういった人間関係の影響は絶大であるとします。そのため、「良き友と交われ、さもなくば誰とも交わるな」「つまらぬ友と付き合うくらいなら一人でいきよ」などの言葉を紹介し、悪い人たちと付き合う事を戒めます。
この辺りは仏陀が「愚かな人を友とするな。そうするくらいなら犀の角の如く、ただ独り歩め」と語っている事と似ていますね。
また、逆に良き友と付き合えば必ず良い影響を受けるとし、人格者と付き合えとスマイルズは言いました。
信頼……誰もいないところでナシを盗まなかった少年がその理由を問われてこう答えました。
「いいえ、そこには人がいました。僕が自分の目で見ていたんです。僕は自分が悪いことをするところなんて見たくはありませんからね」
このような例を挙げて良心、誠実さ、信頼の大切さを伝えます。そしてこのような立派な人格は、習慣によって出来上がるとします。「習慣は第二の天性」であり、「立派な習慣を身に着けるよう気をくばるのが、いちばん賢明な習慣」であるとしました。
3.終わりに
以上のスマイルズの考え方は『自助論』の内容でも微々たるものです。もっと沢山の多くの学びが『自助論』の中には有ります。
そこで改めてスマイルズの思想の核部分もまとめておきたいと思います。
一点目は人間の可能性についてです。努力すれば人間は向上への道を歩めるとしました。そこには人間を小さく見るのではなく、無限の力を持った存在としての人間観が根底にあります。そして大事なのはスマイルズが過程としての努力を大切にした事です。努力が人格の陶冶に繋がるという考え方は、本田静六の「努力即幸福」の境地に近いものが有ると思います。
二点目は「習慣は第二の天性」という言葉です。習慣が人間をつくり、成功の本道をつくるという事をスマイルズは『自助論』で伝えました。継続は力なりであり、積み重ねがやがて大きな力になるというのは、ある意味でスマイルズが生きた産業革命後のイギリスの繁栄の精神が窺えると思います。
三点目は言い訳の廃止です。一点目、二点目の考え方からは、愚痴や言い訳は非生産的なものであり、人格向上に繋がらないものであるという考え方が出てきます。口にこそ出さないものの心の中では愚痴や言い訳をする人は、意外と多いのではないかと思いますが、そんな時はスマイルズを思い出してみてください。
以上が、私なりにまとめたスマイルズの思想の核です。
最後に私が一番記憶に残っている本分を引用したいと思います。
それはウィルキーという絵描きについてです。
ある時は友人のコンスタンブルにこんな話をした。ウィルキーのスコットランド美術院在学中、当時のグラハム学長は画家レーノルズの次の言葉を生徒に好んで聞かせたという。
「諸君が天性の才能に恵まれているなら、勤勉がそれを高めるだろう。もし恵まれていないとしても、勤勉がそれにとって代わるだろう」
「だからこそ」とウィルキーは続けた。
「私は精一杯努力しようと決めたのだ。天分に恵まれていないことくらい、自分で百も承知していのだから」
私はこの部分が一番好きなのですが、他の皆さんはどうでしょうか。
ぜひスマイルズの『自助論』を手に取り、一番好きなエピソードを教えてくださると私も嬉しいです。
*1:ウィルキーは