alhikma’s blog

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『平和の地政学』—スパイクマンが語るアメリカ戦略—

版元ドットコムより

1.スパイクマンとは?

 本書を書いたスパイクマン(1893~1943)は、アメリカの政治学者、地質学者です。

 スパイクマンはリムランドの概念を提唱したことで有名です。

 リムランドとはユーラシア大陸の沿岸部に沿ったエリア、陸と海の両方に接する地域です。その範囲は広大で、東アジア、東南アジア、インド、アラビア半島、西欧と、ロシアを覆うような地域全般を指します。

 マッキンダーが、ハートランド地域が資源豊な国として「ハートランドを制するものが世界を制す」としたのに対し、スパイクマンは、ハートランド地域は資源豊かであろうとも未開発であり、さらに住居に適していないとし、人口が集まりやすく、また貿易も盛んになりやすい沿岸地域に注目しました。

マッキンダーの言葉をもじって「リムランドを制するものはユーラシアを制し、ユーラシアを制するものは世界の運命を制する。」という言葉を残しています。

 

 マッキンダーハートランドを制する国家からイギリスをどう守るかを、

 マハンが海洋国家アメリカをどのように覇権国にするかを考えていたように、

 スパイクマンもこのリムランド理論を中心にアメリカの政策をどのようにすれば良いのかを考えました。

 

2.スパイクマンの思想の前提

 国際政治は主権国家という単位が独立して存在している状態です。個人においては罪を犯したら国が刑を負わせます。しかし、国際政治においてはそうした国に当たるような強制権力が存在しません。そうした現状をスパイクマンは冷静に受け止め、「安全保障の最終的な責任は各国家自身にあるという事実は変わらない」として、軍事力は国家の生き残りと、より良い世界の創造のために不可欠な道具だとみなしました。

 スパイクマンは平和への道として、各地に住む人々が似たような価値観、争いを産まないような価値観を持った「世界国家」の成立か、あるいは国際連盟国際連合のような集団安全保障体制を作る事の2点を可能性として挙げますが、前者の「世界国家」に関しては到底遥かな先の未来であり、第二次世界大戦後の処理に到底適用できるような考え方ではないと一蹴します。また、後者の安全保障体制に関しても、「参加している国家が約束された義務を果たすために本当に戦争をする意志があるのかどうか」という点に左右され、さらに核大国の国益の計算により左右されることになると考え、結局は最終的にパワーが大切になると、非常に現実的な考え方をしました。

(スパイクマンはパワーを単なる軍事力だけではんなく、国土の規模、天然資源、人口、経済力など様々な要素を含めたものとしてみなしています)

 

3.スパイクマンの思想

 スパイクマンの思想は一体どのようなものなのでしょうか。

 3点ピックアップします。

①まず、スパイクマンの思想として特徴的なものはアメリカという「新世界」とヨーロッパなどの「旧世界」という概念を対比させている事です。そしてアメリカ大陸がユーラシア大陸を始めとする国々から囲まれてしまうという恐怖からアメリカの二大潮流である孤立主義と介入主義のうち介入主義を採用すべきだと提案します。

 一体これはどういう事でしょうか?

 実はアメリカの2.5倍の広さと10倍の人口を持つユーラシア全体の潜在力が将来アメリカを圧倒する可能性があると、スパイクマンは危機感を抱いていたのです。

 だから平時・戦時を問わず、ヨーロッパとアジアでのパワーの状況に目を光らせていなければならないとしたのです。より具体的には言えば、均衡状態の達成と維持です。

 

②スパイクマンはこれまで自然要塞であった太平洋と大西洋に関して、「防波堤ではなく、むしろ高速道路」であるという見方をしました。これは技術進歩により、今まで他国が攻め入るのを防いでいた海が、障害物のない海へと変わり、むしろ都合の良いルートになったという事です。これがアメリカの孤立主義を批判した理由でもあります。

 

③また、過去の戦争、ナポレオン戦争第一次世界大戦第二次世界大戦を見てみると、イギリスとロシアが手を結んで、それぞれナポレオン、ヴィルヘルム二世、ヒトラーと戦っていたして、必ずしもマッキンダーのように歴史を「ランドパワーとシーパワーとの戦い」ではないとし、リムランドがハートランドとシーパワーのバッファーゾーン(緩衝地帯)になると思うと同時に、力のぶつかりう紛争地域にもなりやすいのではないかと考えます。

 これを踏まえた上でスパイクマンは、リムランドがハートランドを抑える役割として機能させると同時に、リムランド国家の力が強力になりすぎないようにするべきだと提言します。

 そして本書の終わりにスパイクマンは、アメリカの国益のためにはアメリカ、イギリス、ロシアの三国が互いに協力するのが最高の利益となると言いました。アメリカやイギリスなどの海洋国家は本質的に他国と分断されており、ロシアにおいてもリムランドからは離れていて世界から孤立しているという状況だったからです、三ヵ国ともそれぞれ単独で行動しきるほどの力は持たず、しかも地理的にはリムランドから孤立しているという状況だったのです。

(ちなみにこれは皆さんも知っている通り、戦後は冷戦となり、現実にはそのようになりませんでした。)

 

 

4.現代に生きるスパイクマンの思想の可能性 

 スパイクマンは第二次世界大戦後の予測として「多極世界になる」「米英露の協力」をしましたが、そうはならなかった、というのが皆さんが抱いた感想だと思います。

 しかし、翻訳者である奥山真司さんの解説に書かれてあるように、スパイマンの他の予測、「依然として主権国家が存在し続ける事、ロシアが脅威になる事、ロシアと中国が国境争いを起こす事、インド・中国がそれぞれの地域で支配的な国家になること、リムランド内部で紛争が起こること」などは正しかったと言えるでしょう。

 またこんな事も解説に書かれています。

 「日本に関することで注目すべきことは、なんと言ってもはスパイクマンが戦時中に同盟国であった中国(国民党)ではなく、アメリカは戦後、日本(とドイツ)と組まなければならないとした発言していることだ。……この発言が真珠湾攻撃が行われてまだ一ヵ月もたっていないうちに行われたものであることを考えると、まさに驚くべき先見性であると言ってよい。

 スパイクマンの先見性は凄まじいですね。

 スパイクマンの卓越した意見は、現代でも生きています。主権国家が存在する現状、インド・中国の台頭、日米安保条約など、スパイクマンが示した枠組みは輝きを放っています。

 スパイクマンはアメリカ戦略を考えましたが、このスパイクマンの考えを生かして、日本戦略というものを考えられると思います。

 

 また、個人的には安全保障体制に関して、「参加している国家が約束された義務を果たすために本当に戦争をする意志があるのかどうか」という点が今後の課題になってくると思います。スパイクマン自身は後のNATOに繋がるような発言もしているとはいえ、NATOのような集団安全保障体制は、しかしその加入国が増えるにつれて機能しなくなり、むしろ戦争の原因になるのではないか、というのが論点として有ります。

 冷戦時代に合わせて結成されたNATOは当初の目的を果たした今、抑止力としての側面が大きいですが、本当に戦争をする気が有るのかという点についてまだまだ深掘りされておず、加盟国同士の利害関係のしがらみが大きくなっているように思います。

 皆さんは一体どう思われるでしょうか?